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「競争より協力」で地域を守り、次代のグループ経営者を創る。

田中実業株式会社
代表取締役社長 田中 康信

更新日:2026年7月01日

2003年、26歳で田中実業株式会社に入社。2006年に社長就任。当時、経営難と銀行主導のリストラという逆風が吹く中、あえて新卒採用への投資を決断するなど組織改革を断行。徹底した「選択と集中」により業績を回復させ、現在はグループ企業を通じてエネルギー事業、建設関連事業などを幅広く展開。M&Aによる地域企業の事業承継にも尽力している。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

セメント袋の手縫いから始まった100年企業の軌跡。

当社のルーツは約100年前、香川県の多度津に遡ります。その後、山口県の小野田セメント(現:太平洋セメント)が新見市に工場を作る際、縁あって土地収用などのお世話をしたことがきっかけで、この新見の地へと拠点を移しました。

当初はセメントの販売や、地域の方々にお願いして手縫いのセメント袋を製造するところからスタートしたと聞いています。

その後、小野田セメント社からの紹介で出光興産の関西支店とつながり、プロパンガスやガソリンスタンドといったエネルギー事業へと大きく舵を切りました。

高度経済成長期には中国自動車道の建設ラッシュもあり、生コンクリート事業が大盛況に。24時間工場が稼働し続けるほど、劇的な成長を遂げた時代もありました。実質的にこの会社を大きく育て上げたのは二代目の祖父でした。

祖父は、小学校の図書室へ全蔵書を寄付したり、山間でテレビ電波が届かない地域のために多額の私財を投じてアンテナを立てたりと、とにかく「地域への貢献」を重んじる人でした。その精神は、今の田中実業にも深く息づいています。

現在は新見市に本社を置き、岡山市、津山市、真庭市など県内各地に拠点を構える「地域密着型の総合商社」へと成長しました。当社の核となるエネルギー事業はもちろん、地域の暮らしを丸ごと支える領域へと事業を拡大しています。

ホームライフ事業、カーライフ事業、保険事業などを展開するほか、グループとしては「千屋牛」の繁殖といった一次産業や住宅販売など多岐にわたり展開。まさに地域のインフラから人々の豊かな暮らし、そして街の活性化までを総合的に下支えする企業へと進化を続けているのです。

26歳での帰郷。リストラの嵐の中で決断した「異端の投資」。

私が会社に戻ってきたのは2003年、26歳のときです。その後、29歳で社長に就任。当時の会社は、かつての繁栄から一転して深刻な経営難に陥っていました。銀行主導で役員や社員のリストラ、給与カットが次々と行われるなど、状況は極めて深刻でした。

社内はピリピリとした空気に包まれており、そんな中へ急に社長の息子が帰ってきたわけですから、冷ややかな目で見られることも少なくありませんでした。

しかし、私は「この会社を根本から変えるためには社内に新しい風を吹き込んでくれる人材が絶対に必要だ」と強烈な危機感を抱いていました。そこで、周囲からの猛反発を押し切り、当時の当社としては大きな金額を投じて、あえて新卒採用に踏み切ったのです。

痛みを伴う改革の最中であっても、新しい風を入れて未来を創る人材に投資することが絶対に不可欠だと信じての決断でした。

大企業と戦わない「選択と集中」。競争より協力を選ぶ。

私が社長に就任してからの約20年間、一貫して徹底してきたのが「優先順位をつけること」です。大学時代にプロダクトライフサイクルを学んでいたこともあり、既存の事業がいずれ成熟し、衰退していく波は冷静に予測していました。

そこで、赤字に陥っていたガソリンスタンド事業や、売上規模は大きくても利益が残らない大企業向けの取引は思い切って縮小させました。

その一方で、リソースを集中させたのは大企業が手を出したがらない「工事現場への燃料配達」といった小回りの利くローリーでの配送業務です。

大企業と真っ向からシェア争いをするような消耗戦はしません。私たちが掲げたのは「競争より協力」です。同業者とも得意分野を分け合い、業務提携を進めることで着実に利益を生み出し、地域にサービスを提供し続ける体制を構築してきました。

社員の「やりたい」を否定しない。挑戦を任せる風土。

当社の社風を一言で表すなら「現場に任せる」ということに尽きます。トップダウンで細かく指示を出すのではなく、社員の自主性を何より重んじています。

例えば、最近は年間休日の日数も現場の話し合いで決めていますし、新規事業のアイデアも現場からどんどん上がってきます。

津山の拠点では、かつて飲食店で働いていた社員が「お弁当屋をやりたい」と手を挙げました。正直、最初は「採算が合わないのでは?」と思ったのですが、頭ごなしに否定せず挑戦させてみたところ、今では毎日何十食も売れ、大きな会議の注文まで舞い込むようになりました。

また、今までもレンタカーや地域情報誌の発行、牛肉販売など、社員が手を挙げて始めた事業やサービスも多いです。

私は、「任せた以上は、自分が口を出して後からちゃぶ台返しをしてはいけない」と心に決めています。結果がどうであれ文句は言わず、見守り、そこからどう改善するかを一緒に考えればいいのです。

また、当社は年齢に関係なく活躍できる場があり、本人が望めば定年後も働き続けられます。今も現場で元気に活躍してくれている80代の社員がいることは、私の誇りです。

M&Aで地元企業を救い、次世代の「社内起業家」にバトンを託す。

現在、私たちはM&Aにも積極的に取り組んでいますが、これは単なる自社の規模拡大が目的ではありません。後継者不在で悩む地元の運送会社などをグループに迎え入れ、「地域からその事業が失われるのを防ぐ」という側面が非常に強いです。

ありがたいことに、同業他社や地元企業の方々から「田中社長になら引き継いでもいい」と信頼の声をいただけるようになりました。これも、祖父の代から続く地域貢献の賜物だと感じています。

私自身、社長としての任期は「あと5年」をひとつの区切りと見据えています。だからこそ、次の世代へどう会社を託していくかが今の最大の課題です。

これから中途採用やU・Iターンで当社に入社される方には、単なる「安定」だけを求めてほしくありません。

「社内起業家のように新しいビジネスを作ってやる」「自らM&Aの案件を見つけてきて『この会社を買ってほしい』と提案する」、それくらいの主体性や野心を持った方をお待ちしています。

能力があり、周囲と良好な関係を築ける方であれば、田中実業のグループ会社の経営をお任せするなど、やりたいことを自由に実現できるワクワクするようなチャンスが無数に用意されています。ぜひ、私たちと一緒に次世代のビジネスを創り上げましょう。

編集後記

チーフコンサルタント
吉田 祥典

創業約100年の老舗企業でありながら、田中社長から最も強く感じたのはベンチャー企業のような「風通しの良さ」と「挑戦への熱量」でした。

20代で経営危機という修羅場をくぐり抜け、痛みを伴う改革を断行してきたからこそ、「大企業と戦わない戦略」や「社員の失敗を許容する器の大きさ」に圧倒的な説得力があります。

「後からちゃぶ台返しをしない」「M&Aの案件を見つけてきてほしい」という言葉からは、社員を心から信頼し、次世代の経営者を本気で育てようとする覚悟が伝わってきました。

経営視点を持ち、地域課題をビジネスで解決していくダイナミズムを味わいたい方にとってはこれ以上ない魅力的なフィールドになるはずです。

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