採用が経営を変えた瞬間

企業TOPインタビュー

岡山を代表する企業の経営TOPに、事業ビジョンと期待する人材像についてお聞きしました。

先人が築いた土壌を礎に、100年続く企業へ。

株式会社ニッカリ
代表取締役 杉本 宏

更新日:2022年5月11日

1971年、岡山県岡山市生まれ。大阪大学大学院卒業後、大手重工メーカー入社。2002年に株式会社ニッカリに入社し、モノラック部営業課へ配属。以後、営業課長、取締役、常務取締役などを歴任。2012年に同社5代目として代表取締役社長に就任、現在に至る。
※所属・役職等は取材時点のものとなります。

国内トップシェアを誇る「産業用モノレール」のパイオニア企業

当社は斜面でモノを運ぶ際に用いられる産業用モノレールや園芸・農業機器の製造販売を手掛けています。歴史は古く、1959年に私の祖父が創業し、同年に現在の草刈機の原型となる「刈取機」を開発、1966年には当社の主力製品である「モノラック」を生み出しました。モノラックは日本で初めてとなる農業用モノレールで、現在は国内外でトップシェアを獲得するまでに成長しています。けん引車と台車をレール上で昇降させるモノラックは、「みかん収穫の際の労力を軽減したい」という農家の声を受けて誕生しました。45度の急斜面に対応し、雨の日でも滑らず、一定以上の重量に耐えながら運搬できるモノレールとして話題となり、みかんから梨、桃など全国の果樹園に広がっていったのです。その技術は農業分野だけにとどまらず、建設・土木工事やレジャーなど新たな分野を開拓。現在も新製品開発に注力するとともに、他社へのOEM供給も含め、“モノレールのパイオニア”として国内外で事業を展開しています。

<編集部より/主な沿革・受賞歴>
1959年 「日本刈取機工業株式会社」を設立、携帯用万能刈取機を開発
1966年 急傾斜地用モノレール「モノラック」を開発
1973年 「株式会社ニッカリ」に商号変更
2001年 中国浙江省に独資生産法人「寧波利豪機械有限公司」を設立
2017年 和歌山大学との共同研究によりパワーアシストスーツ「Buddy」を開発
2019年 モノラックが日本機械学会「機械遺産」に認定
2020年 経済産業省「グローバルニッチトップ企業100選」に選出
2021年 岡山労働局「岡山働き方改革パイオニア企業」に選出

創業者である祖父の葬儀で見た光景。この会社を大切にしていきたい-

創業者である祖父から数えて私は5代目となります。もともと私は県外の大学院を卒業後、機械系のエンジニアとして大手重工メーカーに勤めていました。6年ほど経った頃、少しずつ会社の将来性に陰りが見えたり、いわば“社内政治”のような出世競争を垣間見るようになり、「明るい将来が見通せないな」と感じるようになっていました。そんな折、祖父が逝去。葬儀で岡山に戻ったときに、全国から販売代理店の社長さんたちを始め多くの方が集まっている光景を見て、「こういう会社を大切にしていかなければならないな」と感じ、ニッカリで働くことを決断しました。30歳のときのことです。

創業者である祖父の跡は父が2代目を、それから3代目・4代目は創業家ではない方が10年ずつ務めていましたので、 私が5代目となることは決して既定路線ではありませんでした。私自身、幼少期や学生の頃を含めて「継ぎたい」という思いはありませんでしたし、入社後は営業としてイチからスタートしました。

伸び代の大きさを肌で実感。「実績」を営業ツールに新たな市場を開拓

営業として、まずはニッカリの現状を知るところから始めました。当時、モノラックは主に農業分野で圧倒的なシェアを獲得していましたが、モノレールを手掛ける他社はこぞって土木分野に参入しており、その分野においてはニッカリは遅れを取っていたんです。営業に出向くと、製品はおろか、ニッカリについても認知されていない状況。「これは伸び代が大きいぞ」そう感じた私は、産業用モノレールを初めて世に出したのがニッカリであること、トップシェアを持っていること、海外にも多くの販路を持っていること、そういった事実を丁寧にお伝えしながら、顧客を獲得していくことに成功しました。私はエンジニア出身で営業経験はありませんでしたので、“おっかなびっくり”という部分もありましたが、「正しい事実を知っていただく」という営業活動で成果に繋げることができたのは、やはり培ってきた歴史の中での先輩方の努力のおかげだと感じましたね。

当時、売上比率は農業分野が8割~9割を占めていましたが、やがて土木分野が少しずつ比率を高め、現在では逆転して6割~7割を占めるようになっています。農業分野は我々の出発点ですから、これからも守り続けていきますが、事業の発展性という意味では、土木分野はさらに積極的に仕掛けていく方針です。地すべりや落石といった危険な場所を事前に工事する災害対策や、地震・豪雨災害などの復旧、それから、電力会社や通信・交通事業者などによる大規模インフラ対策など、モノレールの需要は右肩上がりで伸びています。事業規模が大きく、社会に対する影響力や貢献性が高い中で、これまで培ってきた企業価値をさらに発揮していきたいと考えています。開発力や生産力を高めるための新たな施設を本社敷地内に建設(2023年春竣工)予定で、また、採用や教育といった人材への投資、より働きやすい環境づくりへの投資も加速させ、「100年続く企業」を目指した基礎づくりに注力しているところです。

即戦力人材の採用による「下地づくり」が経営の効率化を後押し

モノラックの営業をしながら取締役を兼任し、海外市場を担当するようになってからは常務を兼任、その後副社長を経て、社長に就任したのが2012年のことです。経営に関わり始めてから特に力を入れたのが、即戦力人材の採用です。かつては、“より良く”という目的のために変化していくことを目指しても、長い歴史の中で社内には変化を嫌う風土が根付いていました。そこで、まずは“変化するための下地”をつくるべく外部から人材を迎え入れ、それと同時に経営者としても思いがうまく伝わるように工夫しながら様々な発信を続けてきました。それが少しずつ形になり、当時迎え入れた社員は現在では部長や役員といった重役を担ってくれていますし、この数年の経営改革によって社内の風通しが良くなっていることも実感しています。

『無駄を無くして残業ゼロに』『有給休暇取得率100%に』『公休日を増やして年間休日を125日に』といった取り組みも奏功し、かつて、“良くて数%”だった営業利益率は現在では15%を超え、自己資本比率も70%を超えるまでになっています。「会社として、みんなでこうしていこう」という取り組みが結果に結びつき、「結果が出れば社員に還元する」という循環が“当たり前”に生み出せるようになってきたという手応えを感じています。

永続的に価値を継承していくための仕組みをつくる

今後、一番の大きな課題は、特に若い世代の開発人材の採用です。我々はメーカーですから、やはり技術力・開発力というのが一番コアな価値です。もちろん、生産や購買、営業などもそれぞれ重要な機能と役割を持っていますが、そういったセクションにおいても、技術やモノづくりを理解した上でコミットしていくことが重要だと考えています。そういう意味では、我々のコアな部分をもっと社内に浸透させていきたいですし、将来的には開発のバックグラウンドを持つ社員が他の領域を担ってくれるようになれば、さらに我々の価値を明確に打ち出していけるのではとも考えています。その場合はもちろん一人ひとりの志向や適性を見ながらにはなりますが、そういった可能性を持つ若い世代を育成していくことが現在の目標です。

そのための取り組みとして、給与体系を整備したり、新しい人事制度の導入を始めています。例えば開発部門においては、“全員が管理職を目指す”、“キャリアアップ=マネジメントポジションに就くこと”という考え方は辞めて、スキルに特化してキャリアアップを目指せる「主幹エンジニア」「主席エンジニア」というポジションを設けました。主幹エンジニアや主席エンジニアは管理職待遇ですが、マネジメントは求めませんし、営業などの他領域を担ってもらうこともありません。 スキルを磨き、将来的に技術やノウハウを次の世代へと受け継いでいくことがミッションです。「創業100年」は私の世代ではありません。次世代、さらに先の世代へと永続的に継承していけるような土壌、仕組みをつくっていきたいですね。

産業用モノレールの国内トップシェア企業として名を馳せる同社。創業社長であるお祖父様からお父様へ、そして創業家ではない3代目・4代目を経て5代目を継がれている杉本社長ですが、そういった企業の引き継ぎ方もあるのかと、まずその事実に興味津々でした(笑)。農業分野に始まった同社は、現在では土木分野に可能性を見出し順調に成長を続けています。メーカーとしての本分、開発能力を強化することが重要と、本社社屋横には新たに開発棟の建設を予定されています。そういった取り組みに若手を中心とした新しい力が加わることで、どのように成長が加速していくのか、今後がとても楽しみです。

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