リージョナルHERO

暮らしたい場所へのリージョナル転職を成功させたHERO

岡山へのリージョナル転職を見事実現された候補者の稲葉 和也さん(仮名)にインタビューしました。

先のばしにしている場合じゃない。思い立ったら、すぐ実行!

稲葉和也さん(仮名)は、東京生まれの東京育ち。43歳で、一念発起し、妻と3人の子どもを連れて、岡山への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。きっかけは、岡山の友人宅で実感した「豊かな生活」。田舎暮らしへの憧れが芽生えたものの、東京での安定した生活から抜け出す勇気は、なかなか持てなかったという。だが東日本大震災を機に、行動を起こすことを決意。当サイト「リージョナルキャリア」と巡り会う。「このリージョナルヒーローも何回も読みました。ホントかなぁ?と思っていましたが(笑)、ホントでしたね。地方にもやりがいのある仕事はあるし、東京にはない豊かさがある」。今そう断言する稲葉さんには、自分の人生を自分で決めた達成感と自信がみなぎっていた。

- プロフィール株式会社林原 稲葉 和也さん(仮名) 43歳/大学院卒
- 転職活動【転職回数】0回【転職期間】エントリーから内定まで90日間

転職前の職業・転職後の職業

職業 SE⇒ITコンサルタント⇒人材育成 職業 人事
業界 電気機械(IT) 業界 バイオ
仕事内容 システムエンジニア、ITコンサルタントを経て、企業内大学にて、企業グループ社員を対象としたプロ認定制度の策定と運営、階層別研修の企画・運営、社内広報などに従事していました。 仕事内容 人材の採用(新卒と中途)、また研修担当として、人材育成計画の策定、研修企画、実施に従事しています。

1「自分の人生はこれでいいのか?」自問自答を続けた、大震災の夜。

現在のお仕事はどんな内容ですか。

岡山に本社を持つバイオテクノロジーの会社で、人事の仕事をしています。仕事は主に2つあって、1つは新卒や中途の採用活動。もう1つは、人材育成で研修の企画や運営などを担当しています。

入社前のご経歴を教えてください。

大学を卒業してからずっと、大手IT企業で働いていました。最初の10年はSEで、その後、会社の留学制度に応募してアメリカとオランダへ留学。帰国後は、グループ企業のシンクタンクでITコンサルタントを3年経験しました。最後は、グループ企業社員の人材育成を行う「企業内大学」で、プロ認定制度の策定・運営、階層別研修の企画・運営などに従事していました。

転職のきっかけは?

前職の時のオランダへの留学が一番大きなきっかけでした。オランダは労働時間がとても短く、週3日しか働かない人もいますし、隣人も毎日5時までには家に帰り、夕食は必ず家族と食べると話していました。一方日本は、ホワイトカラーの長時間労働の割合がオランダの20倍以上。しかし、労働意欲は先進国の中で最も低い。そして国際競争力でもオランダに負けています。この違いはなんだろう?と。本当の豊かさって何なのか?とずっと考えていました。そんなときに、東京でバリバリのコンサルタントだった友人が、会社をやめて、岡山で農業を始めていることを聞きました。最初は僕も、「無謀なことをしたなぁ」と思いましたよ。なぜ安定した会社生活を捨てて、そんなところに行くんだろう?って。岡山の中でも特に山の中でしたから。ところが、家族で遊びに行ってみて驚きました。一言でいうと、「豊か」なのです。近くにはスーパーもコンビニもない。それでも、朝は摘みたての野菜や産みたての温かい卵が食卓に並ぶ。足りないものは、近所の人と交換して分けてもらう。衝撃でしたね。自分はそれまで東京で、欲しいものはお金を出して買う生活しかしてこなかった。でもこんな生活もできるんだ!って。「岡山っていいところかもしれないね」「いつか自分たちもこんな生活ができるといいね」と妻と話すようになっていました。

その後、すぐに転職活動を始めましたか?

いえいえ。そうはいっても、岡山にそうそう仕事があるとは思えなくて、ずっと迷っていました。しかしそんな時に東日本大震災が起こり、その出来事が背中を押してくれましたね。あの日は電車が全て止まり、携帯も通じない中、自宅まで6時間歩いて帰りました。その間、ずっと考えていました。「このままでいいのだろうか?」と。昨日まであったものが、今日には無くなっている。そんな現実を目の当たりにして、先延ばしにしている場合じゃない。思い立ったら、すぐ始めよう!という気持ちになりました。

転職活動はどのように進めましたか?

最初は大手の転職斡旋企業に登録しました。でも対応が非常に機械的に感じました。条件を入力して検索して、「ヒットした会社がここですよ」という感じ。僕が「豊かな生活をしたい」と言っても、「この会社なら給料がアップしますよ」という話をしてくるだけで、全然かみ合わない。それで、一度は諦めかけましたが、このままではきっと後悔する。そこで退路を断とうと思い、上司に「会社を辞めたい」と伝えました。同僚もみんなびっくりしていましたね(苦笑)。「安定して待遇もいいのに、次も決まってないのに、どうして?」と。もちろん自分自身も眠れないくらい不安でした。しかし、色々な人に相談をするうちに、「こんな会社があるよ」といって、この「リージョナルキャリア」を教えてもらいました。もちろん、「リージョナルヒーロー」も読みましたよ。

「リージョナルヒーロー」を読んだ感想はいかがでしたか?

正直なところ、「本当かなぁ?」と思っていました(笑)。地方にこんなに仕事があるとは思えませんでしたし、地方への転職はとても大変だというイメージがありましたしね。しかし「迷っていても、始まらない。」と思い、登録しました。すぐに、岡山担当のライフサイズのキャリアコンサルタントの方から連絡があり、スカイプで面談をしました。そこで自分の気持ちを話すと、「稲葉さんのお気持ち、とてもよく分かりますよ。」と言ってくださいました。すごく嬉しかったです。その後、何社か企業を紹介していただき、4社目で出会ったのが、今の会社でした。3回面接を受け、8月末には内定をいただくことができました。登録から、約3ヵ月ほどの転職活動期間でした。

今の会社に決めたポイントは?

これまで大手企業で働いてきたので、今度は比較的規模の小さな企業で、これから会社を大きく成長させていこうとしている環境を希望していました。大手企業で働いていると、確かに大きな仕事はできるけれど、組織は縦割りで、新しい挑戦はなかなかできません。これから成長させていこうという会社だからこそ、自分の経験を活かしながら、いろいろなことに挑戦できそうだと思いました。その点、この会社は数々のオンリーワン技術を持ち、ユニークな製品を世界に出している。また岡山から世界を相手にしているところに、すごく惹かれました。

新天地を岡山に決めた理由は?

最終的には、直感ですね。岡山の友人宅で過ごしてみて、岡山の水と空気が自分たちには合うなとも感じました。他にも、いろいろ調べていくうちに、岡山の良さが見えてきました。自然災害が非常に少ないし、有機農業が盛ん。「晴れの国おかやま」と言われるだけあって、晴れの日が多いところも気に入りました(笑)。

2転校して2週間で、小2の娘が岡山弁に。

転職していかがでしたか?

入社して2週間後には、採用の面接官を担当させてもらいました。入社してすぐにこんな重要な仕事を任せてもらえるなんて、光栄だと感じるとともに、すごくやりがいを感じました。ただ、勉強は大変でしたね。人事ですから、まずは社員の顔と名前を覚えなければなりません。社員名簿とにらめっこしながら、社員の顔と名前を覚えたり、会社の歴史や製品のことを家に帰ってからも必死で勉強しました。10月に入社しましたが、12月には学生向けの会社説明会を任されました。あたかも昔からいる社員のような顔をして、学生さんに会社説明をしました(笑)。うまく伝わっただろうかと不安でしたが、内定が決まった学生さん達から「僕の話を聞いて、ぜひ入社したいと思いました」という言葉を聞いた時には本当にうれしかったですね。僕自身、納得して今の会社に入社したので、すごく愛着をもって会社のことを語ることができました。また、転職してきた僕だからこそ他社と比較して分かる会社の魅力を伝えることができたのではないかとも思います。前からずっとここにいる社員たちには当たり前すぎて、分からないこともあると思うのです。実際、同僚に、「これってすごいことですよ!」と伝えると驚かれることもよくありますから(笑)。

生活面での変化はいかがですか?

まずは通勤時間が変わりましたね。東京では毎日片道1時間半もかかっていました。しかも、立ったまま寝られるような満員電車でした。朝、会社に着く頃にはヘトヘトでしたが、今の通勤時間は20分。ゆとりが違いますね。帰宅時間も、前職のときは夜の9時、10時が当たり前でしたが、今は、忙しい時期もありますが、だいたい夜7時には帰宅して、家族を晩ご飯を食べています。休日は、夫婦で地元の野菜が揃う市場で出かけたり、自転車で公園へ出かけたり。社内のテニスクラブにも入りました。学生の頃からテニスが好きで、東京でもやりたいと思っていましたが、利用料金は高いし、テニスコートの予約をとるだけでも大変でした。今の会社は福利厚生が充実していて、社員用のテニスコートまであります。利用も無料ですので気軽に利用することができます。妻も「生鮮食品が安くておいしい」と喜んでいます。住まいも、岡山駅から電車で5-6分のところに一軒家を借りていますが、東京ではありえないほど広いのに、家賃は東京の半分以下です。

子どもたちの反応は?

実は、中1の次男は最初、岡山に引越すことを嫌がっていました。便利な場所から、なぜそんな不便な場所に行くのかと。しかし岡山に来てみると、ピタッと文句を言わなくなりました。程よく都会、程よく田舎という良さが分かったのではないかと思っています。小2の娘は、学校に通いだして2週間で、岡山弁をしゃべるようになりました。「え?今なんて言った?」と驚かされました。同時に、馴染んだのだと安心しました。近所の方々も「よくこんな田舎にきてくれたね」「若い人がきてくれて助かるわ」と私たちを温かく迎えてくれています。

地方に転職してよかったと思うことはありますか?

豊かで、ゆとりのある暮らしができていることです。収入は下がりましたが、それ以上に生活コストが下がりましたし、通勤時間も含めて「ゆとり」が生まれました。更に、自分で決断して実行した、という達成感も大きいですね。それまでは、敷かれたレールの上を走ってきた。そこから降りて、自分の人生を自分で決めた!という自信が生まれたと思います。妻からも、「顔から険しさが消えて、穏やかになった」と言われています。

困っていることや課題はありますか?

ときどき岡山弁が分からないこと、東京に比べて夜、お店が閉まるのが早いことでしょうか(笑)。でもそこは慣れでしょう。あとは、会社や地域の人間関係をゼロから作ること。そういったことはこれから、1つ1つ開拓していかなければならないと思っています。また大企業にいたときは専門の部署が各種業務をそれぞれ担当していましたが、中堅規模の今の会社では一人で様々な業務を兼務しなければなりません。その点が慣れないこともあって大変ですね。

転職を考えている人にアドバイスをお願いします。

確かに地方への転職は勇気がいることです。しかし、小さな一歩を踏み出し、安全ゾーンから抜け出すことで見えるもの、気づくことがあります。「地方には仕事がない」といった、ネガティブな思い込みに振り回されずに、自分が大切にしていることは何かをしっかり見つめてほしいと思います。また転職活動をする際には、ライフサイズのように地元に密着した転職エージェントの活用をお勧めします。地元企業のことをよく知っているので、大手の転職エージェントでは知り得ない情報をもらうことができます。転職活動をする際には、自分が"何屋"なのかを一言で言えるように準備しておくと良いですね。また「自分には特別なスキルがない」と言う人がいますが、そんなことはないと思います。これまで自分がやってきた仕事を振り返り、棚卸しして組み合わせてみると、自分にしかできないことが必ずあるものです。転職活動は、これまでの自分自身を振り返る、いい機会でもあると思いますよ。


コンサルタントの紹介へ

株式会社ライフサイズ 瀬川 泰明

総合電機メーカーでシステムエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、コンサルタント、グループ全体の社内人材育成部門などで活躍をしてこられた稲葉さん。会社から海外MBA派遣留学生に選抜された経験も持ち、まさにビジネスリーダーといった印象でした。そんな稲葉さんから、震災を経験し「幸せとは何なのかを考えるようになった」とお聞きした際に、仕事・家庭どちらも真っ直ぐに向き合う稲葉さんの誠実さ、懐の深さを強烈に感じました。林原にも稲葉さんの業務経験だけでなく、その人間性を高く評価して頂き採用となりました。入社後、これまで経験はないものの新卒採用も担当しているとお聞きしました。同社が学生の人気企業ランキングで大躍進したのもきっと稲葉さんの誠実さがひとりひとりの学生に伝わった結果だと確信しています。

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